2015年11月23日

シンクロ×シンクロ どして?の巻。


スピリチュアルなことに興味があるかたは
よく聞くし意識していると思う「シンクロ」について。
今日ふと思ったことと思い出したことがあり書いてみます。

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シンクロニシティ(シンクロ)とは?
何らかの一致する出来事(何か意味やイメージにおいて類似性を備えた出来事群)が、離れた場所で、ほぼ同時期に起きることがある。だが、複数の事象が、従来の「因果性」の説明方法ではうまく説明できない場合がある。そうした、同時期に離れた場所で起きる、一致する出来事を説明するためのある種の原理、作用として提示されたのがシンクロニシティである。

また、スピリチュアルやニューエイジの界隈において、何かのサインや呼び寄せた偶然など所謂虫の知らせに近い用法で使われることもある。
<ウィキペディアより引用>
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ニューエイジ界隈(笑)
これ読んでも何のこっちゃ!とわたしはちょっとわかりにくいんですが、
経験上、離れた場所というよりも、別の次元で(または未来で)起きていることと、
シンクロしているという気がします。

今日思い出した初めて自覚した大きなシンクロ体験は、ある「カード」について。

中学生の頃に、同じクラスの友達と遊びに行く電車内で、
ソフトキャラメルをひとつもらいました。
その箱の中にはオマケでイラストが描かれた小さなカードが入っていました。
それも彼女は「これ好きな感じだから」と、わたしにくれました。
イラストは緑色の顔があるポットが夜空に浮かびお茶を注いでいる、
というちょっとメルヘンだけどユニークな絵で裏側には「どして?」とだけ書かれていました。
その日から何気なくお財布に入れて持ち歩いていました。

でも・・・。
それから20年以上、そうやって持ち歩くことになるとは考えていませんでした。
もちろんお財布は何度も新調したし、
そのたびにそのカードも何度か実際にゴミ箱に捨てたりもしたのですが、
どうしてだかどうしても気になってしまい、結局、あたらしいお財布に戻したのです。

高校生になり、大好きになったミュージシャンがいました。
周りのみんなが流行りのビジュアル系に夢中になっている時代で、
音楽友達が居ないので雑誌に募集していた同じミュージシャンのファンと文通したり(笑)
頑張って田舎から東京までライブを観に行ったりもしました。
あんなに自発的に夢中になることはそれまでなかった気がします。
そしてあるとき、発売されたアルバムジャケットの絵を見て、あ!と気づきました。
その絵に書かれていたサインがずっとお財布にしまって持ち歩いていたカードのイラストにあるサインと同じだったのです。
それは伊藤圭司さんというイラストレーターの作品でした。
カードにある「どして?」というメッセージが、突然、その時に、ああそうか!となったのです。
わたしはこの時のために、数年間、これを持っていたんだなあと。

ほんとうに、そのカードのように小さな出来事でしたが、
わたしにとっては、とても嬉しい経験でした。

それから上京し、大学に入ってからも、働いているときも、
ずっとそのミュージシャンのことが気になっていたし、好きでした。
高校生の頃のような情熱が無くなっていた頃もありましたが、
もう血や肉になっているくらいその人のことがわたしの核となるような何かを生成してくれていました。

当時はテレビに出演するような有名な人だったけど、
どうしようもなく必要な何かを感じさせてくれる人でした。
同じファンの子は結婚したい!とか言っていたけど、
わたしはその人の作り出す世界がとにかく好きだったし、
歌詞の中に、その人の発信することの中に、何か大きな魅力をただ感じていました。
(もちろん、かっこいいなあとか思ってましたけどね・笑)

それは年齢を重ねても変わることなく、
ずっとわたしの中に大切にある想いでした。

そして、もう長くなるので詳しくは割愛しますが、

そのミュージシャンの方と昨年、
ライブ終わりの楽屋でお会いすることが出来ました。
ご縁が出来たある方が繋げて下さったのでした。

ファンになって、25年くらい。
東京の街角のどこかですれ違ったりして!という妄想はしたことあるけれど、
まさかこんなことになるなんて!

緊張で、わたしはほとんど何も言えなかったけど、
わたしのことを紹介していただき、まっすぐ目を見て、
わたしという人間を認識してもらえました。

今までライブ会場の物販で握手できたり、
友達を介してサインをいただいたり、
昔よりも身近になって嬉しい想いをしていましたが、
それでも長年憧れていた人だったので、それで充分だったのに。

あのとき、「どして?」とわたしの手の中に渡ってきた、
小さなカードがふと浮かびました。

今まで、生きてきて良かった。
理由なんてわからないけれど、ずっと惹かれてきたこと。

いろんな想いがめぐっていました。

中学生だった頃の、あの時の、わたしに、
この瞬間を届けたい!

そう思ったとき、時間も空間も溶けだして一体化したような感じがしました。

きっと、シンクロとは、そういうことだと思うのです。

理由なんてわからない、だけど、気になること、
ただ好きだと思えること、胸がわくわくすること。
それを何があったとしても忘れないこと。
忘れかけてもどこかにずっとあること。

そんな些細なものが、連なった先の何か。

このシンクロには20年以上のこの次元では長い時間がかかったけど、
そのときのわたしには一瞬に思えました。
そしてその一瞬は永遠にわたしの中で輝き続けるでしょう。

これに何の意味があるか?とかは別にどうでもいい。

どして?と問われ続けた先には、
そんな奇跡って思えるようなこともあったのだから、
もうそれだけでいい。

うまく書けませんでしたし、
こういう話、けっこういろいろあるのですが、
伝え方次第では自慢みたいになっちゃうと嫌だなあと思って、
今まであんまり近しい人以外には話してこなかったのですが・・・。

今はほんとうにシンクロはふつうに起きることで、
そこから何を感じるのか?ということも大切になっているので、
こういった経験も含めたお話をしたり、普段のこともシェアしたいなあと思うようになりました。

そんな訳で、今度、こんなお話会やります。
良かったら遊びにきてください。

まさえ&まるの「答えのないお茶会♡」
詳しくはこちらをどうぞ♪
https://www.facebook.com/events/1515051472127091/


ところで、捨てないで取ってあったはずの、
そのカードですが・・・。さっき探したら見つからない!・汗。
という情けないオチで、今日はこの辺で!

お話会までに見つかったら、持っていきます!(笑)








posted by まるちゃん at 02:03| 感じたこと☆ラブ

2015年06月13日

あの世とからだと最近のわたし。


お久しぶりでゴザイマス。
ブログに戻ってまいりました。
フェイスブック更新もままならず。
忙しい訳じゃないし(むしろ暇)
それといって何もしてない訳じゃないのだけど
言葉に起こすのがとても億劫に。
でも友達のブログを読んでいたら
こうして反応を気にせずに(多少は気になりやす)
つらつらと思ったことや起きたことを書くのもいいなって
あらためて感じたので気まぐれに更新☆

アルバートセッションを辞めたのが
いちばん暇になった原因ですが
森の中で歌ったり宇宙的な温泉を探しに行ったり
猫を観察したり家事したりフラしたり祈ったり色々はしてます。

もう 最近は なんとなくあの世とこの世の境目が
なくなってきてるな〜と感じることもあり、
何が起きたっていうことよりも、
肌感覚としてそう思うのです。

あの世っていうのは、宇宙ともいえるけど、
もっと身近でお馴染みの世界。
過去ともいえるのかもしれない。

亡くなった魂は時間関係なく宇宙に還っていきますが
その前に通過する世界がこの世界ではあの世って認識されてるけど

それをこの世界の時間で言えば「過去」なんじゃないかなあと。
思い出す姿、声、そして思い出は過去のものです。
いつまでも別れたときの姿のまま 思い出の中にいてくれる。

だからあの世は過去である。
けれど、最近はそれが過去であり
でも「今」なんだなって感じるのです。
それが境目がなくなっていると感じるところです。

もちろん、もう会えない、声が聞けない、触れ合えない、
っていうことは現実として悲しいし寂しいけれど・・・。

その現実とは違う、
今も存在してくれているっていうどうしても拭えない
もうひとつの現実感はかなり日に日に強くなってきていて
わたしの周りを包んでくれてる気がするのです。
それはとても心地よく安心な感じ。

そして「あの世」の感覚が身近になってくるほど、
わたしがわたしであるということもあいまいになってきて、
不思議な感じになってくるのです。

どうしたいとか、何がしたい、っていうことよりも、

ここにただ居る、という核だけが残るのです。
中心核には、ほんのちょっとのわたしが居て、

その外側はもう大きすぎる何かと融合している。。。

うーん やっぱり文章にすると何だかふわふわと
心もとない感じですね。

これは発見というよりも漠然と感じていることのひとつなので
すごく重要って訳じゃないのです。伝わりずらいかもしれないけど。

最近の発見で自分的に重要なのは

「身体を動かすと気持ちが良い!」です・笑。

昔から言われてること?だけど、本当だ!!って思えたのは最近のこと。

フラのレッスンを始めて1年くらい経ち、
毎回汗だくになり、最近は森を散歩する機会もあったり、
からだを動かしていると、気持ちが良い!って気づいたのです。

からだってめっちゃLOVEだなあ〜って。
気持ち良いエナジーが廻るとラブがかなり放出されていきます。

何でもっと早く気づかなかったんだろう?!
宇宙人要素が強いとこんな常識もぶっ飛んじゃうのかもしれないなあw

アルバートは「歩け!」とか「踊れ!」とかよくアドバイスしてたけど、
こういうことなんだね〜(今更?!)

久しぶりなので あちこちに 話題が飛んじゃいました。

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<今後の活動予定>

☆6月☆
15日(月)
天地空間やわらぎサロン(鵠沼)にて

★惑星MALU「オトウタお昼寝瞑想会」
14:00〜16:00   参加費 3500円 お茶・お菓子つき
1時間半くらい オトウタを聞きながら床に寝転んで
お昼寝瞑想した後、お茶&すこしシェアリングタイムで目を覚ましましょうw
オトウタとは、宇宙からの振動や魂からの振動、
いろいろなものを音や歌に乗せてふるふるさせたり、LOVEを循環させていったり・・・。
その時のうちゅうタイミングでいろんなオトが出てきますので、体感してくださ〜い♡
天地空間やわらぎ

21日(月)
★ひらやカフェで宇宙もみもみ♪
高円寺のベジタリアンカフェ「くらしのアトリエひらや」のWSまつり
に宇宙もみもみで参加します。
惑星MALU(まる)のオリジナルヒーリングです。
からだに軽く手を触れたり、さすったりしながら、
中心から緩めていきます。
からだが解放されていくことによって気の流れや
見えないネガティブな滞りが流れていきます。
流しながらうちゅうラブエナジーも注入していきます。
体感は人それぞれですが
よかったら体験してみてください☆
※治療目的の行為ではありません。
時間 13時〜18時 (お一人様20分〜30分)*予約優先デス。
参加費 自由料金制
くらしのアトリエひらや


<ご予約・お問合せ>
こちらまでお願いします。
info@manmarunahikari.sakura.ne.jp

他、寒川神社や湘南各地をぶらりしたりしながら、
個人セッション、グループワークなども企画していきます♪

遠隔ヒーリングもそろそろ再開したいと思っています。
アルバートはエナジー部門?で大きくサポートしてくれると思います。

いろいろ面白いことも起きたり、
なるほどな〜って思うこともあったりするので、
宇宙タイミングでこれらも展開していくと思います。

どこかでまたみなさんにお会い出来たらうれしいです★

よろしくおねがいします。

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posted by まるちゃん at 16:42| 感じたこと☆ラブ

2015年03月08日

春ですね。つれづれ。


まるです。

ブログは告知ばかりで自分的にもツマラナイなあって
前から思っていたので(ツイッターとFBではたまに感じたことを書いてますが)
ブログにもたまには告知以外のことを。

昨年の12月から猫家族が増え、
人間でいうと小学生中学年くらいのやんちゃな兄弟猫のイタズラと暴走に、
わーわー言いながらすごし、合間にいろんなところへ行きつつ、温泉に入ったり、
好きにやらせてもらっているのですが、わたしにとっては全部がおしごと。
お金になったり、ならなかったり、お金をこっちが払ったり・・・。

そういう経済的効果っていうのはなんもないけど、
おしごとだと思ってやってます。実際そうだなあと年々思う。
人によってはミッションって感じたり、義務って感じることも、
おしごとなんだなあ〜とわたしは感じています。

わたしがどこにいても、わたしであることが、仕事だとしたら、
それは全身全霊で取り組まねば。遊びであろうと、何だろうと。

満月の日は子宮まつりという友達のサロンで開催された
プリミ恥部さんのお話会へ参加してきました。
プリさんのことは検索したらたくさん出てくると思うので気になるかたはどうぞ。

ラブということが、体感のすべてである、ということを、
わたしはプリさんを通して学びました。
4年?くらい前に出会って何となく縁があるのか、
定期的に宇宙マッサージお願いしてますが、体があることの意味を深く感じてます。
アルバートからはエナジー的に愛がなんなのか?とか、
概念?みたいなことを8年くらい前に教えてもらって、
そこからいろんな探究が始まったのですが、まだまだわからないことだらけ。

その多くは「自分について」です。

自分のこと、たぶん、まだ数パーセントしか、わかってないんだろうな。
毎瞬変わるので、把握できてないところがたくさんあって、
それをラブが繋いでくれる気がしています。
自分探しというよりも、自分繋ぎっていう感じかな。宇宙と自分を繋ぐ。

魂と体と宇宙エナジーすべて繋ぐ。

時々瞑想に参加していて、その瞑想の先生の教えでは
「スピリットたちさえ、進化する。」
というものがありました。
スピリットたちさえ、マスターと呼ばれている存在たちさえ、
間違った設定の中で存在している。
間違ったというよりも、過去に囚われたという感じかな。。。

それがどうしてなのか?
というと、繋がるわたしたちの在り方によるものなんじゃないかなあと。

となると、やっぱり、スピリットやマスター頼りではなく、
わたしがどう在るのか、愛でいるのか、ということが、
宇宙的にもホントに大切で、ひとりひとりが神なんだなと。

昨日は久々に出会いがしらに人から責められるようなことがあり、
むむ!!って思いましたが、そういう時に子宮(第一、第二チャクラとか)
お腹のほうの力の無さを痛感しました。
肚が座ってないなあ〜と。

すぐ愛じゃないほうにスイッチしてしまうじゃんか〜!
まだまだだなあ〜、とほほ。という感じです。

偉そうに(見えてたらすみません)アルバートのメッセージとか
書いてますが、まだまだわたしはその程度の人間です。

あ、卑屈ではなく事実なので・笑。

すぐにだらけちゃうし、凹みます。

でもそれでも、わたしであることをやり続けるしかないので、
すこしずつ、進化していけたらなあと思っています。

覚悟を決めたら、ひたすらやるしかないので、
今その準備というか、そういう時期なんだろうな〜と、
昨日の出来事を振り返って感じました。

春だからかな〜。
ちょっと切ないようなざわっとした気持ちもありつつ、
でも奥のほうではワクワクしている最近です。









posted by まるちゃん at 11:11| 感じたこと☆ラブ